競争力維持の基盤となる健全なサプライチェーンへの取り組みが進展
2016年9月に「未来志向型の取引慣行に向けて(世耕プラン)」が公表されて以降、①価格決定方法の適正化、②支払条件の改善、③型取引の適正化、④知的財産・ノウハウの保護、⑤働き方改革に伴うしわ寄せ防止、の重点5分野での取引慣行適正化への取り組みが着実に進んできましたが、近年、物価高が続く中で、特に価格決定方法の適正化、つまり価格転嫁に焦点が当たっています。この30年の間に日本経済に染みついたデフレマインドによって、「効率化によって毎年取引価格を下げていくのは当たり前」という意識が、発注側にも受注側にも当然のように根付いてきました。価格転嫁を行うことは、一見すれば価格競争力を下げることのようですが、今後、物価も賃金も上がっていく新しい経済の中では、ものづくりに欠かせないサプライチェーンを中長期的に維持することが、強い産業を作っていくために必要なことだという認識が広がりつつあります。
取引適正化への取り組みは、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の運用とも密接に関わっています。日本政府が2025年1月に発表した「新たな取引適正化対策の全体像」では、規制や指導の主な対象として、下請法の主な対象となるTier2~Tier3周辺の取引を想定しています。ただし適正取引の実現には、その上流の取引でも適正化が進むことが不可欠であり、自動車OEMや大手Tier1などTier上位における意識の浸透が求められています。2025年6月頃に改正される予定の「パートナーシップ構築宣言」のひな型では、「サプライチェーンの頂点企業が、直接の取引先の更に先に存在する取引先までの価格転嫁を見据えた価格決定を行うこと」を表明することなどが追記される見通しであるほか、日本自動車工業会や日本自動車部品工業会など業界団体も下請法や世耕プランに準拠した指針に基づき、下請法の対象外も含めた業界全体で取引適正化を推し進めています。
一方で、下請法や世耕プランは単なる弱者救済の施策ではなく、あくまで公正な取引環境の実現が目的となっています。例えば「失注するのが怖くて値上げ要請を言い出せない」「価格取り決め時に事業構造を丸裸にされるのは厳しい」といった中小下請企業でよく聞かれる困り事に対しては、自社の競争力を上げることや強みを理解することが重要だとの見解を政府は示しており、経営者や担当者が知識や情報を持つことが交渉を有利に進める上で不可欠としています。知識や情報の獲得を支援するための経営相談窓口や補助金/支援制度など政府のサポートを積極的に活用することを課題解決の第一歩として欲しいと担当省庁は呼び掛けています。
本書「日本自動車産業の部品取引適正化に向けた現状と課題」は、日本の自動車産業界における取引慣行適正化に向けた進捗状況と課題を、Tier1やTier2企業を中心に、発注側と受注側の双方の視点から価格交渉などの取引における現状と課題について、キーパーソンへのインタビューを基に取りまとめております。また政策サイドの認識や取り組みについての理解を深めるために関係省庁へのヒアリングも実施し、中小企業に対する適正価格・適正取引実現に向けた交渉の方法など、成功例を交えながら提言を行っています。また20年ぶりとなる下請法の大幅改正や、下請け中小企業振興法の基準改正など、取引慣行適正化を促進するための直近の法改正についても取りまとめています。
本レポートが受発注企業双方の合意による適正価格交渉や取引条件実現に向けた参考資料として、また取引先との良好な関係を構築するための参考資料として、関係する方々の事業発展の一助となることを祈念いたします。